ネオ・ユニバース

星の降る夜のことでした(Twitter:@salz_zrm)

担当するということについて

担当ってなにかしら?

ジャニーズを好きになって、一番最初にぶつかったのはやはりこの壁でした。

わたしは高橋実靖くんの担当をしています。

いま界隈でちょっとしたブーム(?)になっている「担当論」について、わたしもちょっとだけ書いてみようと思います。

 


みなさんの担当論を聞かせてください。 - pompom

 

わたしにとっての担当とは、誰よりも一番しあわせであってほしいひとです。何においてもまず彼がしあわせであってほしいのです。どんなお仕事でも、実生活でも、とにかく彼がしあわせであればいいなあと思えるひとが、わたしにとっての担当です。

 

そりゃあお互いに人間なので、ムムムと思うことだってあります。ダンスが間違っているよ、捌けるのはそっちじゃないよ、衣装が上手に着られていないよ。他の子はぎりぎりまで笑顔で手を振っている状況で、先陣を切って捌けていってしまう背中を何度も観てきました。あなたのファンがあなたを観ている、それでももう捌けてしまうの?そんなことを思ったこともあります。それでもわたしは実靖くんがしあわせなら、まあそれでよいかなと思うのです。甘いでしょう。わかっています。

 

それからもうひとつ、うちわを持ちたいひとというのも「担当」を決めるにおいて重要な点でしょうか。わたしは実靖くんが出ている現場で、実靖くん以外のうちわを持つことは出来ないと思います。

 

以下はわたしの前回の記事からの引用です。

え?何?担当制度?担当…なにを担当するの?あ、タレントを担当するの?よく分からないシステムがあるのね。へええ、わたしみたいにTVだけでジャニーズを応援している人のことをお茶の間って呼ぶのか、うまいネーミングだなあくらいに思っていました。

(中略)

 嵐の茶の間おたくだったわたしは、気づいたら何故かJr.担になっていたのです。

 

そもそも茶の間嵐おたくだったわたしは「現場における誰担当であるかということの重要性」が全くわかっていませんでした。ドラマに出ている二宮くんが好きだから、わたしは二宮担なのかな?そうなのかな?ぐらいの気持ち。はじめて嵐を生で観られたのは2011年の「嵐のワクワク学校~毎日がもっと輝く5つの授業~」でした。当時のチケットを見てみると、見事に魔の41ゲート。そう、東京ドームの一番上の天井席でした。ただ、それでも生で動いて喋って笑っている嵐が目の前(全く目の前ではない)にいる。それだけで満足でした。担当とか、決めなくても良いのだなあと。5人でいる嵐が好きだなあと思っていました。その後運よく2011年の国立でのコンサート「ARASHI LIVE TOUR Beautiful World」に連れて行ってもらいましたが、土砂降りの日だったのでうちわ無しで観に行きました。

 

「わたし、Jr.担になるね」

そんなわたしに転機が訪れたのは2012年、国際フォーラムで行われたSexyZoneのデビューコンサート。はじめて行くジャニーズの、フォーラム規模のコンサート。ここで問題が起きたのです。わたし、誰のうちわを持てばいいのだろう?まだ担当がいない(嵐全員が好きな)当時大学生だったわたしは、ドイツ語を専攻しているし…マリウスくんを応援しようかしら…という、なんなんだその理由は!と怒られそうな気持ちでマリウスうちわを作って会場に行きました。噂には聴いていたけれど、ジャニーズのコンサートって本当にうちわが要るんだ…なんて思いながら生まれてはじめて作ったうちわです。


その頃、デビューの少し前からオンエアされていたJr.の番組「ジャニーズJr.ランド」の初回を見逃したわたしに優しい友人が見せてくれたこの回に、番組中やたらと見切れている子がいました。実靖くんです。友人に「ねえ…このやたら見切れている子が気になって仕方ないんだけれどどうしたらいい?ちょっぴり冴えない感じの、そう、多分さね…さねやすくんっていう子…」とメールをしたところ、コンサート行くんでしょう?じゃあ実靖うちわも持って行けばいいんじゃない?とアドバイスをくれました。多分バックにつくからと。バックにつく子のうちわを作る…それってつまりJr.担になるってこと…!?何それ無理だよ怖い!!などと返信したような気がします。

 

コンサート当日。

結果は明らかでした。

 

目の前で歌って踊るマリウスくんは本当に可愛くて、白い肌がきらきらしていて、初々しくて、本当に天使のようでした。ああそれなのに。わたしはどうにもセンターステージでぎこちなく踊る、ある男の子ばかりを目で追ってしまう。どうしてでしょう、はじめてマリウスくんを生で観たということよりも、ステージの上で踊る実靖くんのことを「やっと見つけた!」と思う気持ちの方がずっとずっと大きかったのです。わたし、この子にしあわせになってほしい。気づけば手に持っていたうちわは実靖くんの名前のものになっていました。今思えばこの行為をDDというのだと言うことを、当時は知りもしませんでした。

 

全公演が終わった後に、アドバイスをくれた友人に宣言しました。

「わたし、Jr.担になるね」

公演前に引いていた風邪の後遺症でガラッガラのおじさんみたいな声で、宣言しました。

「わたし、実靖くんの担当になるね」

はじめての担当宣言でした。

 

それから今年で実靖くんを応援して丸3年が経ちました。

彼が立つその場所が、どんなに舞台の端であっても、わたしにとってはそこが0番センターです。そこがどんなにライトの当たらない場所でも、眩しく輝いて見えます。いまでは主にSHOCKやPLAY ZONEなど実靖くんが居ない現場に行く事も多いですが、ひとたび彼が居る現場に行ったのならば、もう視線は彼しか捉えられないのです。いつかわたしにも「担降り」をする日が来るのでしょうか。まだ分からないけれど、もしそんな未来が来たとしても、やっぱり実靖くんにはしあわせであってほしいなと心の底から思うのです。